霞立ち光の軽く影落ちず 幻椏
大安吉日の今日、午前中は建築工事を担当した市立石原小学校屋内運動場竣工式、午後は東京世田谷区のアパート併用住宅の上棟式と、晴れやかな行事が行われる早朝、友人、叔母から久し振りの入選を知らせるメールが入った。8週間ぶりの入選で有難い限りなのだが、注目下さっている叔母の御友人の方からは、「最近見かけないねえ、どうしたのかしら・・」 と電話が入ったと言う。そんな話を聞いてしまうと、月曜の朝は緊張である。だから、有難さと共に、少々安堵の気持を覚えたのも偽ざる本心である。
「平安期以降『春は霞、秋は霧』。その霞への感応そのものを画きとった句で、下五が精美。」と金子兜太先生に句評を頂き、首席で御取頂いた。
まさに歴史的な季題 「霞」 を詠んだ句を御取頂いたのだから、望外の喜びである。数えられぬ程の膨大な詩歌・俳句が詠まれているに違いない。その季題を新たに詠む事など、私にとっては不遜を免れない。が、霞に対する極めて率直な思いを稚拙ながら詠み、それを金子先生に目を止めて頂き、首席で御取頂いたのだから、何時にもまして嬉しい限りである。先生の目から見て、類想類句を辛うじて免れていたのだろうか。
これで70句目の入選となった。69句を最後に70句目は永遠に来ない、と思っても居た。これを一つの節として、次なる目標に向かって精進をしたいと、改めて心を引き締めている。