師走の気忙しいこの季節に加えて、衆議院議員選挙が4日公示となり、慌ただしさは幾倍にも乗算された。94年選挙制度が大幅に変更され、中選挙区から小選挙区比例代表並立制に移行し、96年に初めて新制度での選挙が実施されたそうだが、今回は政党数も候補者数も多い。政党に於いては、公示日を前に離合集散の駆け引きが行われながら、主要政党数は現在12に及ぶ。こうなると党名も理念も公約も混沌とし、良く判らない。私の手元には、党首、党名、結成日、公示前勢力と候補者数が一覧に成った新聞のコピーがあり、党首の顔写真も付いているので有難いのだが・・・、結局は良く判らぬままに混沌の体は変わらない。
我が選挙区 埼玉12区は、自民、民主、共産、みんなの党、無所属、加えて締め切り直前に90歳を超える御老人が参戦し、最終6名の激戦が展開している。我が後輩でもある森田君は、自民党の県議として2期を経験し、出馬の意向を早くから表明していたが、自民党の公認を外され、無所属での出馬を決意するところと成った。が、公示日直前に自民党除名が言い渡されている。この理不尽な裁定に多くの熊谷市民は憤慨し、今日選挙区の東西での都市対抗戦の様相を呈して来た。劣勢を伝えられていた民主党も、保守票の分裂により漁夫の利を得られそうだと、俄に活気づいていると言う。結果は分らぬが、森田君が僅差で勝利すると、比例代表並立制の惜敗率で、12区から3人の国会議員が誕生する可能性さえゼロでは無い。
本来、熊谷の伝統的保守層の亀裂対立から、若い次代を担う政治家がその払拭を願って今回の森田君の擁立と言う合意を導き出したのだが、選挙戦がスタートすると、そのプロセスを知るか知らずか分らぬままに、応援団のエゴイスティックなポピュリズムが目立って仕方ないのが残念である。とは言え私は、若い森田君の明快な力を信じ、最後まで精一杯の応援をして行きたいと念じている。
写真は、出陣式の様子である。ぐずついた空模様ながら、雨に降られず式を終える事が出来た。最後まで粘りある彼の頑張りを期待したいものである。