昨夜、渡辺敏晴氏のチェンバロ・コンサートに初めて参加した。
演奏会場は、前橋市の群馬会館。1930年、昭和天皇即位を記念して建てられたと言う群馬県初の公会堂は雨に煙り、バロック音楽を楽しむ会場としてはこれ以上の場は無い、と思われた。
ピアノの尊大さも無く、さりとて浮薄さや脆弱さとも違う繊細な音で紡ぎ出されるチェンバロに、日常から突然に飛び込んだ私は、逡巡した。チェンバロのもどかしさにである。厳しい決算報告書を書き上げ、渋滞気味の国道を2時間掛けてやっとたどり着いた会場は、毒々しくも刺激の強い我が日常から最も遠い処であり、その音は街の喧騒の対極に在った。暫くホールに身を沈め、その音の言い知れぬ懐かしさに記憶をなぞり出す。何時か ささくれた心の隙間に沁み込んで来るチェンバロの音色に潤され、癒されて、渡辺氏とチェンバロに向き合えた時、私は言葉を捜し始めていた。
コンサートの後半、バロック音楽の最後を飾る大作曲家というジャン=フィリップ・ラモーの新クラヴサン曲集冒頭の4曲が披露され、自分でも信じられないほどの感動を覚えた。詩才の無い我が言葉は無力で、渡辺氏、そしてチェンバロに正しく向き合えるまでには、相当の時間が掛かりそうである。
小夜時雨雲の上なる星の音
雪虫を知らずけふあう雪の音
音に建つ記憶チェンバロは冬星の息
チェンバロの接吻凍て蝶にある命 幻椏
コンサートの後、我が嗅覚で飛び込んだ「ピース・ダイナー」と言うなダイニングレストランが心地良かった。料理も美味しく、サービスをしてくれた小野里実紀君という若者の心遣いが素敵だった。料理人を目指すと言う彼「女みたいな名前でしょう」と笑う。みのりと読むそうだ。是非、お立ち寄りを。ちなみに、前橋市大手町2-7-6・℡027-224-7971、宜しく。