落ち蝉のまぐわひながら果てにけり 幻椏
天童の今野さんは、「セミ 思えば、昔ほどいなくなったような気がしますです。」 と言っていた。浦安に住む清雲さんは、「今年、浦安では蝉の声を聞かない。」 と言う。大震災による地盤の液状化現象が起こり、大きな被害を受けた地域と言う。地下水位が上がり、地中に居た蝉の幼虫がことごとく溺死したのかも知れない。充分に考えられる事であるだけに、恐ろしい。
我が庭では、何時になく蝉が沢山に鳴いている。内外からの蝉時雨が呼応して一層激しく聞こえるのかもしれない。
テラスに、ミンミン蝉が2匹落ちていた。暫らく見ていたが動かない。「鳥交る」 と言う春の季語があるが、「蝉交る」 の図である。カメラを持ち出して撮ったのがこの写真である。目合いながら果てるのならば、それなりに羨ましくも有り難い事とも思うが、蝉でもたまにはこんな事があるのだろうか。蝉の生態を知らないが、卵を産み付けずして落ち蝉に成ってしまっては、種が続かない。木漏れ日のセンターに移してもう1枚写真を撮ろうとした時である。ギイと鳴いて合体した2つの蝉は、突然に離れて飛んだ。あのまま動かずに猛暑の中に居たら真に落ち蝉になっていただろうと思うと、安堵の気持ちも半分、無粋な邪魔をしたという気持ちも半分、である。今は、受精卵を枯れ木に産み付けると言うが、子孫を確り残して欲しいと思うばかりである。
耳の内外声明として蝉時雨 幻椏