思えばすでに55年も前の話である。高校時代、休み時間に図書館前の犬走りに友人4人とたむろし、様々な話題を議論した。難しい哲学を聞きかじり、妙にしかめっ面の議論だったり、小さな新聞の記事が話のテーマだったり、同世代の早熟な女学生の書いた小説が文学賞を取ったと緊張して、そう「寒い夏」と言う題名の短編だったと思う。多くの思い出の中、何故か未だに忘れない新聞の「獲得形質は遺伝する」と言う小さな記事が話題になった。動物実験で、学習した行動を次の世代の児がその行動を踏襲したと言う程の記事である。「おい、今一所懸命勉強するのは我のみの為に非ず、我が子の為にも頑張ろう・・」と言う友人の表情を今でも鮮明に覚えている。こうしてこの4人は、高校卒業後も半世紀を超えて良い友人で居る。
朝日新聞・福岡伸一の動的平衡、8月8日のコラムを少々驚きをもって読んだ。「揺らぎ始めた 常識」と言う小文の書き出しは、「『獲得形質は遺伝しない』。これは現代生物学の基本的原則である。しかしこれが、だった、と過去形に書き換えられつつある。」とある。獲得形質は遺伝する、と楽しく語り合ったあのニュース以降55年間、生物学のテーゼに揺らぎは無かったのか、ならば当時のあれはフェイク・ニュースだったのかと今更に思うのだが、図書館前の日溜まりで語り合っていた我らの青春を、懐かしく、嬉しく、誇らしく、思い出したのである。