昨日一昨日と、埼玉りそな銀行リそな会の旅行でちょっと贅沢な旅行をさせて頂いた。
MOA美術館で葛飾北斎の「富嶽三十六景」を一同に集めたエキジビションを見る事が出来た。こうしてじっくりと全てを一同に見るチャンスを頂くと、天才北斎を実感する。極めて大胆な構図、版画特有の色面構成とぼかしの技術、線描による輪郭線と、どれを見ても新鮮で、風景画家として後世に多大な影響を与えた事が頷ける。(惜しむらくは時間の経過の中で刷り上り直後の鮮やかさに欠けている様に思えたが) 一番の傑作とされる「赤富士」のつんと尖がったデフォルメされた富士が、林武や、片岡球子の富士にも見られ、富士の高さ気高さを特別に感じての表現と理解していたのだが、偶然 十国峠から見た富士が正にそのものだった事にあらためて驚いた。つんと尖がっているのである。雲に隠れる事無く美しい富士を見られる事は1年に70日も無いと言う。幸運にも日本一の富士、そして天にそびえる尖がった富士をはじめて実感として見る事が出来た。
明けて今朝早く、叔父小林一夫の逝去の報を得た。熊谷市長を4期勤めて勇退。現富岡市長にバトンタッチをして間も無く2002年9月、脳梗塞で倒れ、以来5年3ヶ月の間、意識の戻らぬままに逝った。叔父にとって私は1番総領の甥であり、地域に押されて政治を志した初めての市会議員の選挙は学生服を着て応援して以来、9度の選挙全てに深く関って来た。その意味でも極めて近しい叔父甥の関係にあり、良く叱られもしたし、相談も受けた。想像を超える生命力で、事故に近い脳梗塞さえなければ、元気に第2の人生を精力的に生きていたに違いない、と悔やまれる。尊敬に値する見事にフェアーな生き様は、多くの方々に愛され、充分に充実した人生であった、と思う。私にとっては見上げる程の、日本一の叔父であった。 合掌